人手不足の温泉旅館が「やめること」を決めたら起きたこと

温泉旅館の人手不足は、採用活動だけで解決できる問題ではありません。求人を出しても応募が来ない。仮に採用できても、教育に時間がかかり、繁忙期と閑散期の差で人件費が重くなる。そんな現場では、「人を増やす」前に「仕事の中身を変える」判断が必要になります。

この記事では、20室規模の温泉旅館で実際に行った支援をもとに、部屋食・布団敷き・見送りという3つの仕事を見直し、フロント対応時間を4時間から7時間へ伸ばした考え方を紹介します。

━━ この記事の著者 ━━

島田慶資(しまだ けいすけ)|ハンズバリュー株式会社 代表取締役。東北6県の温泉旅館を中心に、経営改善・事業再生のコンサルティングを10年以上実施。支援案件は延べ1万件超、補助金等の累計調達支援額は500億円。認定経営革新等支援機関。東日本大震災、令和元年台風、福島県沖地震などの復旧・再建局面でも、事業者の生活と事業継続を守る支援に取り組む。事業再構築補助金・中小企業成長加速化補助金の採択支援実績あり。

━━━━━━━━━━━

この記事の結論

温泉旅館の人手不足対策では、「採用できない前提」で業務を設計し直すことが重要です。お客様が本当に価値を感じている仕事は残し、習慣で続いている仕事は変える。この順番で考えると、サービス品質を大きく落とさず、現場の時間を取り戻せます。

「人手が足りないから、積極的に営業できない」

東北地方のある温泉旅館を訪ねたとき、社長がポツリと言いました。

客室は20室ほど。従業員は15名。かつては20名以上いましたが、定年退職や転職で少しずつ減り、補充ができないまま今に至っている旅館です。

「フロントに人がいないんですよ。夜番も埋まらない。予約の電話が来ても、すぐに折り返せないことがある」

「採用に出しても、応募が来ない。都合のいい人が転がってないんです」

社長は自嘲気味に笑いました。しかし、その後の言葉は笑い事ではありませんでした。

「だから、積極的に営業しよう、お客さんを増やそうという気になれないんですよ。増やしたところで、対応できないから」

売上を伸ばしたい。でも人がいない。人がいないから動けない。動けないから売上が伸びない。売上が伸びないから採用に投資できない。この悪循環は、温泉旅館に限った話ではありません。しかし温泉旅館には、この悪循環をさらに深刻にする構造があります。

温泉旅館の人手不足が難しい理由

中小企業の人手不足は業種を問わず深刻ですが、温泉旅館には独自の困難があります。

立地の制約。 温泉地は都市部から離れていることが多く、通勤圏内の労働人口が限られています。求人を出しても、物理的に通える人が少ないのです。

業務の複合性。 フロント、予約管理、送迎、清掃、調理補助など、従業員が複数業務を掛け持ちする前提になりやすい業態です。

時間帯の集中。 チェックイン、夕食、布団敷き、翌朝の朝食、チェックアウトが特定時間に集中します。短時間だけ人がほしいのに、その時間に働ける人が見つかりにくいのです。

季節変動。 繁忙期は人が足りず、閑散期は雇用を維持する負担が重くなります。採用すればすぐ解決する、という単純な構造ではありません。

採用が難しいなら、仕事の中身を変えるしかありません。 この旅館で提案したのは、人を増やすことではなく「やめること」を決めることでした。

やめること1: 部屋食を食事処へ集約する

この旅館では、長年にわたって部屋食を提供していました。仲居さんが部屋まで料理を運び、食事中の対応をし、食べ終わったら下膳する。温泉旅館らしいサービスではありますが、現場負担は大きい仕事です。

宿泊後アンケートを確認すると、「部屋食が良かった」と書いたお客様は全体の8%以下でした。代わりに多かったのは、「料理が美味しかった」「お風呂が良かった」「静かだった」という声です。

見えてきたこと: お客様が求めていたのは「部屋で食べること」そのものではなく、「美味しい料理を落ち着いた環境で食べること」でした。

部屋食を食事処へ集約したことで、配膳・下膳にかかる人員は3名から1名へ減りました。浮いた2名分の時間を、フロントと清掃のシフトへ回せるようになりました。

やめること2: 全客室の布団敷きをやめる

夕食の間に従業員が客室へ入り、布団を敷く。これも温泉旅館の「当たり前」とされてきた仕事です。

しかし、夕食の配膳と布団敷きが同じ時間帯に重なるため、17時から19時のシフトが常に詰まっていました。全客室をベッドに切り替える設備投資は、現実的ではありません。

そこで導入したのが、セルフ布団敷きです。客室に布団一式をセットしておき、チェックイン時に「お布団はお部屋にご用意しております。お好きなタイミングでお敷きください」と一言添えるだけにしました。

社長は最初、「手抜きだと思われないか」と心配していました。結果は、苦情ゼロ。むしろ「食事中に知らない人が部屋に入らないので良い」という声がありました。プライバシーを気にするお客様にとっては、改善だったのです。

やめること3: 玄関での長い見送りを見直す

チェックアウト時に玄関まで出て、お客様の車が見えなくなるまで頭を下げて見送る。これも温泉旅館の伝統的なサービスです。

しかし、この旅館ではチェックアウトが集中する9時から10時に、フロント1名、見送り1名、清掃3名が同時に必要になっていました。少人数の旅館にとって、朝の1名固定は大きな負担です。

見送りをやめる代わりに、チェックアウト時のフロントでの一言を丁寧にしました。目を見て、笑顔で「本日はご宿泊いただきありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」と伝える。形式ではなく、接点の質を高める方向へ変えたのです。

「人が足りない」の本当の原因を、業務の中から見つけます。

ハンズバリュー株式会社では、温泉旅館・宿泊施設の業務棚卸し、人員配置、収益改善の相談を承っています。採用だけでは解決しにくい現場の詰まりを、数字と業務の両面から整理します。

経営改善について相談する

結果: フロント対応時間が4時間から7時間へ増えた

3つの見直しを行った結果、夕方と朝の人員配置に余裕が生まれました。特に大きかったのは、フロントが落ち着いて対応できる時間です。

項目 見直し前 見直し後
夕食時間帯の人員負担 部屋食・布団敷きで集中 食事処集約・セルフ化で分散
朝の人員配置 見送りと清掃が重なる 清掃と予約対応へ回せる
フロント対応可能時間 1日約4時間 1日約7時間

予約電話の折り返しが早くなり、団体客の問い合わせにも落ち着いて対応できるようになりました。以前は「お客様を増やすと現場が回らない」と感じていた社長が、営業先をもう一度整理し始めたのです。

採用だけを続けていたら、何が起きていたか

もし「やめること」を決めずに採用活動だけを続けていたら、求人広告費だけが先に出ていった可能性があります。応募がなければ掲載を延長し、仮に採用できても教育に3カ月から6カ月かかります。その間、既存スタッフは教育に時間を取られ、現場負担はむしろ増えます。

さらに閑散期には、人件費だけが固定費として残ります。採用は大切ですが、採用は「解決策」ではなく「投資」です。投資である以上、受け入れる現場の設計が整っていなければ、採用しても定着しません。

「残す・変える・やめる」の判断基準

サービスを削るかどうかは、感覚で決めてはいけません。お客様の価値、現場負担、売上への影響を分けて考えます。

判断 見るポイント
残す お客様の満足度に直結し、売上にもつながる 料理品質、温泉清掃、予約対応
変える 価値はあるが、提供方法を変えられる 食事処への集約、セルフ布団敷き
やめる 習慣で続いているが、満足度や売上との関係が弱い 形式的な長い見送り、重複する確認作業

大切なのは、「手を抜く」ことではありません。お客様が価値を感じる接点へ、人の時間を戻すことです。

温泉旅館の人手不足対策を進める手順

  1. 現場の仕事を時間帯別に書き出す。
  2. 各業務について、お客様が価値を感じているか確認する。
  3. 苦情・アンケート・予約経路ごとの傾向を見る。
  4. やめる前に、提供方法を変えられないか検討する。
  5. 予約ページやチェックイン時の説明文を整える。
  6. 1カ月単位で試行し、苦情数・人員配置・売上への影響を確認する。

この順番なら、現場の不安を抑えながら進められます。特に予約ページの表現は重要です。お客様が来館してから「聞いていない」と感じると不満になりますが、事前に明示されていれば受け入れられることは少なくありません。

まとめ

温泉旅館の人手不足は、採用活動だけで乗り切るには限界があります。むしろ、現場の仕事を棚卸しし、お客様が本当に価値を感じる仕事へ時間を寄せることで、少人数でも売上を伸ばす余地が生まれます。

今回の旅館では、部屋食、全客室の布団敷き、玄関での長い見送りを見直しました。その結果、フロント対応時間が増え、予約対応や団体客への営業に時間を使えるようになりました。

人が足りないときほど、増やす前に減らす。これは後ろ向きな判断ではなく、温泉旅館の経営を続けるための前向きな設計です。

温泉旅館の経営改善を、現場の数字から一緒に整理します。

「人手不足で売上を取りにいけない」「どの仕事を見直せばよいかわからない」という場合は、業務棚卸しと収益改善の両面からご相談ください。

無料相談を申し込む

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

これが最後のページです