赤字同士のM&Aから始まった — ある社長が語る「全員が主役の経営」

━━ この記事の著者 ━━

島田慶資(しまだ けいすけ)|ハンズバリュー株式会社 代表取締役。東北6県の温泉旅館を中心に、経営改善・事業再生のコンサルティングを10年以上実施。支援案件は延べ1万件超、補助金等の累計調達支援額は500億円。認定経営革新等支援機関。東日本大震災、令和元年台風、福島県沖地震などの復旧・再建局面でも、事業者の生活と事業継続を守る支援に取り組む。事業再構築補助金・中小企業成長加速化補助金の採択支援実績あり。

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赤字の会社同士を合併させて、会社を作った社長がいる

先日、ある経営者団体の総会で記念講演を聞く機会がありました。

登壇したのは、東北地方で総合自動車サービス業を営むS社長。講演の冒頭、こう切り出しました。

「うちは赤字同士のM&Aでスタートした会社です」

リーマンショック直後の2010年。2つの赤字会社を統合して新会社を設立。翌年には東日本大震災。社内は価値観がバラバラで、挨拶すらない状態だった——。

これだけ聞くと、絶望的なスタートです。しかしS社長は、ここから15年かけて、地域で存在感のある企業に育て上げました。その過程で僕が「これは他の経営者にも伝えるべきだ」と感じた3つのポイントをご紹介します。

この記事の結論

M&Aで再建した会社が成長するために必要だったのは、①「全て自分が原因」と認める勇気、②社員全員を主役にする仕組み、③「いい会社」の罠に気づく科学性——の3つでした。

「全て自分が原因」と気づいた日

S社長がM&A後の混乱から脱出するきっかけになったのは、経営者の勉強会でした。

挨拶もない職場。価値観が統一されない社員たち。何をやっても噛み合わない日々。S社長は「社員が悪い」「前の会社の文化が残っているからだ」と考えていました。

しかし勉強会で繰り返し問われたのは、「それは社員の問題ですか? あなた自身の問題ではないですか?」ということでした。

ある時、S社長は認めました。「全て自分が原因だった」と。

この一言が、経営の転換点になりました。

経営理念を「自分の言葉」で作り直す

S社長が最初に取り組んだのは、会社を「自動車修理業」から「価値創造業」へと再定義することでした。

やっていることは同じ。車を直し、車検をし、板金をする。でも「修理業」と呼ぶのか「価値創造業」と呼ぶのかで、社員の自己認識が変わります。

経営理念を作るというのは、額縁に飾る標語を作ることではありません。「自分たちは何者で、何のために存在しているのか」を社長自身の言葉で定義することです。

僕が支援している旅館でも、この定義がない状態で社員に「もっと頑張れ」と言っても、何を頑張ればいいか分からないまま疲弊していくケースを何度も見てきました。

「全員が主役」の仕組みをどう作ったか

S社長が次に取り組んだのは、社員全員を「主役」にする仕組みの構築でした。

「全員が主役の劇場」——S社長はそう表現しました。

具体的にやったことは以下です。

委員会活動で若手がリーダーシップを発揮する場を作る

社内に複数の委員会を設置し、若手社員がリーダーを務める仕組みを作りました。「実力打線」と呼ばれるこの方式では、年齢や入社年次に関係なく、意欲と能力のある社員がリーダーシップを発揮します。

大学インターンシップを12年間続ける

地元大学のインターンシップを12年連続で受け入れています。学生にとっては就業体験ですが、受け入れ側の社員にとっては「自分の仕事を他者に説明する」訓練になります。自分の仕事の意味を言語化できる社員は、仕事への向き合い方が変わります。

この取り組みがメディアにも注目され、全国規模の表彰を受けるまでになりました。

「全員が主役」の本当の意味

S社長の話を聞いていて僕が感じたのは、「全員が主役」とは「全員を平等に扱う」という意味ではないということです。

それぞれの社員が、それぞれの持ち場で「自分がこの会社を動かしている」と実感できる状態を作ること。 それが「主役」の意味でした。

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「いい会社」の罠 — 人間性に偏ると稼ぐ力が落ちる

S社長の講演で最も印象に残ったのは、「いい会社の罠」という話でした。

経営理念を掲げ、社員を大切にし、地域貢献もする。社内の雰囲気は良くなり、メディアにも取り上げられる。しかし——業績が伸びない時期が続いたというのです。

経営の3つの側面

S社長はこう整理しました。

側面 内容 S社の状態
人間性 社員を大切にする。働きやすい環境を作る ○ 十分
社会性 地域貢献。社会的な信頼を得る ○ 十分
科学性 稼ぐ力。数字で経営を管理する × 不足

人間性と社会性に力を入れた結果、「いい会社」にはなった。しかし「稼ぐ力」が伴わなければ、社員の給料を上げることも、設備投資をすることもできません。

科学性を取り戻すためにやったこと

S社長は以下の施策で「科学性」を補強しました。

  1. 管理職が経営の勉強会に参加する: 社長だけが学ぶのではなく、部長クラスが自ら経営を学ぶ場に出る
  2. 能力評価制度の導入: 行動に基づく評価基準を明文化し、属人的な評価をやめる
  3. 専門部署の新設: 組織改善を担当する部署を作り、仕組みで問題を解決する体制に移行

「いい会社」と「強い会社」は同じではありません。両方を兼ね備えて初めて、社員に報いることができる——S社長の経験から得た教訓です。

100年企業への3つの原動力

S社長は講演の後半で、100年企業を目指すための3つの原動力を語りました。

1. レガシー技術と新技術の融合

自動車整備という「レガシー技術」を持ちながら、地元大学と連携してEV(電気自動車)関連の研究開発にも参画しています。既存事業を守りながら、次の時代の技術にも足場を作る。どちらか一方ではなく、両方やるという選択です。

2. 地域を越えた広域連携

山形県内だけでなく、隣県の同業者とのネットワークを構築しています。1社では太刀打ちできない案件でも、連携すれば対応できる。「仲間」を競合ではなく同盟と捉える発想です。

3. DX推進チームの編成

社内にDX推進チームを設置し、業務のデジタル化を段階的に進めています。大企業のようなシステム投資ではなく、現場の課題から逆算して、必要なツールを1つずつ導入するというアプローチです。

事業承継の本質 — 「引き継ぐ」のではなく「進化させる」

S社長が講演の締めくくりで提起したのは、事業承継の問題でした。

S社長の地域(東北地方の一県)では、企業の倒産率が全国ワーストクラスです。後継者不在で廃業する企業が後を絶ちません。

しかしS社長は「真の事業承継は、会社をそのまま引き継ぐことではない」と語りました。

事業の中身を進化させ、組織を根本からグレードアップすること。 それが事業承継の本質だ、と。

僕自身、温泉旅館のM&A支援を通じて同じことを感じています。買い手が旧経営体制をそのまま引き継いでも、根本の問題(人材不足・設備老朽化・営業力の喪失)は解決しません。M&Aは「引き継ぎ」ではなく「再創業」です。

もし「いい会社」だけを目指していたら

S社長が「科学性」を補強せず、「いい会社」路線だけを突き進んでいたらどうなっていたか。

  • 社員の給料が上がらない: いくら働きやすくても、業績が伸びなければ昇給の原資がない
  • 設備投資ができない: 既存設備が老朽化しても更新できず、サービスの質が落ちる
  • 「いい人だけど仕事が来ない会社」になる: 評判は良いが、選ばれる理由が「安いから」しかない

人間性・社会性・科学性の3つが揃って初めて、持続可能な経営になります。 どれか1つが欠けると、残り2つも支えきれなくなります。

まとめ:M&Aからの再建で見えた3つの教訓

  1. 「全て自分が原因」と認める: 社員を変える前に、まず自分の経営を見直す。経営理念を自分の言葉で定義し直すことが転換点になる
  2. 社員を「主役」にする仕組みを作る: 「頑張れ」と言うのではなく、頑張れる場(委員会活動、リーダー経験、外部との接点)を設計する
  3. 「いい会社」の罠に気づく: 人間性と社会性だけでは経営は成り立たない。科学性(稼ぐ力・数字による管理)を意識的に補強する

M&Aは「終わり」ではなく「始まり」です。統合後に何をするかで、その後の10年が決まります。

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