旅館のバンクミーティングは、金融機関に「お願い」をする場ではありません。自社の数字を社長自身の言葉で説明し、これからの資金繰りと打ち手を共有する場です。準備する資料と話す順番を変えるだけで、金融機関の受け止め方は大きく変わります。
━━ この記事の著者 ━━
島田慶資(しまだ けいすけ)|ハンズバリュー株式会社 代表取締役。東北6県の温泉旅館を中心に、経営改善・事業再生のコンサルティングを10年以上実施。支援案件は延べ1万件超、補助金等の累計調達支援額は500億円。認定経営革新等支援機関。東日本大震災、令和元年台風、福島県沖地震などの復旧・再建局面でも、事業者の生活と事業継続を守る支援に取り組む。事業再構築補助金・中小企業成長加速化補助金の採択支援実績あり。
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この記事の結論
金融機関が見ているのは、赤字か黒字かだけではありません。社長が自社の数字を把握し、過去の変化、今後の資金繰り、保守的なシナリオを自分の言葉で説明できるかです。バンクミーティングの準備は、金融機関との関係を「交渉」から「情報共有」に変える実務です。
ある旅館の応接室で起きたこと
その日、私は東北地方のある温泉旅館で、社長と一緒に机に向かっていました。翌週に控えたバンクミーティングの準備です。
社長は60代。先代から旅館を引き継いで20年以上。客室は20室ほど、従業員は15名。地元では老舗として知られている旅館でした。
島田さん、正直言うとね、銀行の人を集めて話すの、怖いんですよ。毎年決算書を持っていくたびに「来期はどうされますか」と聞かれる。でも何を答えればいいかわからない。「頑張ります」としか言えなくて、それが情けなくて。
決算書を渡す。質問される。曖昧に答える。担当者は困った顔をする。社長は帰り道に落ち込む。翌年も同じことが繰り返される。この悪循環を断ち切るのが、バンクミーティングという仕組みです。
バンクミーティングとは何か
バンクミーティングとは、取引のある金融機関を同じ場に集めて、自社の業績、経営課題、今後の見通しを一括で説明する場です。通常は年に1〜2回、決算報告や経営改善計画の更新時期に合わせて実施します。
温泉旅館の経営者がこれを自発的に実施しているケースは、私の支援先を見渡しても多くありません。理由を尋ねると、だいたい次の3つに集約されます。
不安 1
何を話せばいいかわからない
決算書の数字は税理士に任せており、自分で説明できる気がしない。
不安 2
悪い数字を見せたくない
赤字や借入過多を、自分から金融機関に開示するのが怖い。
不安 3
何か要求されそうで怖い
貸し剥がしや条件変更の引き金になるのではないかと感じる。
どれも理解できます。ただ、これは気持ちの弱さではなく、情報の非対称性の問題です。社長が数字を持っていないから怖い。数字を持てば、恐怖の大部分は消えます。
準備の全容——この旅館で実際にやったこと
この旅館の社長と私が、バンクミーティングの1ヶ月前から準備した内容を共有します。ポイントは、決算書を厚いまま渡すのではなく、金融機関が稟議で使える形に整理することです。
準備1: 過去3期分の業績推移を1枚にまとめる
最初にやったのは、過去3期分の売上、経常利益、借入残高をA4用紙1枚に並べることです。決算書は「読める人のための書類」ですが、金融機関の上司や審査部門は「一目でわかる資料」を求めています。
| 項目 | 2年前 | 前期 | 当期 | 見るポイント |
|---|---|---|---|---|
| 売上高 | ○○百万円 | ○○百万円 | ○○百万円 | 稼働・単価・客数の変化 |
| 経常利益 | ○○百万円 | ▲○○百万円 | ▲○○百万円 | 原価率・人件費・光熱費の影響 |
| 借入残高 | ○○百万円 | ○○百万円 | ○○百万円 | 返済余力とのバランス |
| 月商倍率 | ○.○倍 | ○.○倍 | ○.○倍 | 借入残高÷月商 |
ポイントは月商倍率を入れることです。「借入が多い」という印象論ではなく、「月商の何倍の借入があるか」という客観指標で語れるようになります。
1枚の表で「売上は3%減だが、原価率が5ポイント上がったことで利益が消えた」と説明できれば、金融機関の受け止め方は大きく変わります。
準備2: 向こう12ヶ月の資金運用表を作る
次に作ったのが、資金運用表です。過去の数字は説明のために使いますが、金融機関が本当に知りたいのは「これからどうなるのか」です。
この旅館では、月単位の収入、支出、月末現金残高を12ヶ月分作成しました。作成にあたって重要なのは、楽観的な数字を書かないことです。
| シナリオ | 売上想定 | 用途 |
|---|---|---|
| 保守シナリオ | 前年比95%(5%減) | メインの説明に使う |
| 現状維持シナリオ | 前年同水準 | 参考として添付 |
| 努力シナリオ | 前年比105%(5%増) | 目指す数字として共有 |
メインの説明には保守シナリオを使います。「売上が5%落ちても返済は滞りません。なぜなら、この月にこの経費を削減する準備があるからです」と説明できる社長を、金融機関は信頼します。
保守で見ても、来年の3月までは持つんだな。それがわかっただけで、だいぶ楽になった。
準備3: お願いではなく報告の姿勢で臨む
最後の準備は、資料ではなく姿勢です。バンクミーティングを「お金を借りるための場」だと思うと、どうしても「お願いします」という空気になります。
しかし、バンクミーティングは報告の場です。「当社の業績はこうです。課題はここです。対策はこう考えています。資金繰りの見通しはこうです。ご質問があればお答えします」。これだけで十分です。
本日は、当社の現状と今後の見通しをご報告する場として、お時間をいただきました。
「ご相談」ではなく「ご報告」。この一言が、場の位置づけを決めます。報告が先、お願いは後。この順番を間違えると、場の空気が交渉になります。
もし準備なしで臨んでいたら
この準備をしなかった場合を考えてみます。社長は決算書を3冊持って、金融機関の担当者の前に座ります。
今期は厳しい年でした。来期は頑張りたいと思います。
担当者は聞きます。「具体的に、どのように改善されるお考えですか?」社長は答えます。「集客を強化して、売上を伸ばしていきたいと思っています」。担当者は内心で「それは毎年聞いている。数字の裏付けはあるのか」と考えます。
そのまま持ち帰れば、審査部門への報告は「先方から具体的な改善計画の提示はありませんでした」になりかねません。この一文が稟議書に載ると、追加融資も条件変更もハードルが一段上がります。
逆に、3つの準備をした社長なら「3期分の業績推移、12ヶ月の資金繰り見通し、経費削減計画の提示がありました。保守シナリオでも返済に支障はない見込みです」と報告されます。
同じ赤字決算でも、説明の仕方ひとつで、金融機関の対応は変わります。
バンクミーティング当日、実際に起きたこと
この旅館のバンクミーティング当日、私も同席しました。社長は用意した資料を配り、冒頭で「ご報告の場として」と切り出しました。
3期分の業績推移を説明し、原価率の上昇が利益を圧迫していることを示しました。次に資金運用表を開き、保守シナリオで「来年3月まで返済に支障はない」と説明しました。
社長、これだけの資料を用意して説明してくださる旅館は、正直なところ、ほとんどありません。
メインバンクの支店長はそう言いました。A4用紙2〜3枚の資料を用意するだけで、金融機関の中での「この社長の評価」は大きく変わります。大半の経営者が、それすらやっていないからです。
バンクミーティングの後、この旅館では金融機関からの電話の性質が変わりました。「最近どうですか?」という心配の電話が、「次の設備投資のご計画はありますか?」という前向きな電話に変わったのです。
バンクミーティングを始めるための最小ステップ
最初から全金融機関を集める必要はありません。まずはメインバンクの担当者に、次の一言を伝えるだけで十分です。
来月あたりで、業績のご報告をさせていただく場を設けたいのですが、30分ほどお時間いただけますか。
用意する資料は、まず2枚で構いません。
- 過去3期分の業績推移。売上、経常利益、借入残高、月商倍率を並べます。
- 向こう6ヶ月の資金運用表。最初は保守シナリオ1本で構いません。
初回の準備にかかる時間は、社長の時間で3〜4時間程度です。3〜4時間の投資で、金融機関との関係が「交渉」から「情報共有」に変わるなら、十分に元が取れます。
まとめ
バンクミーティングは、金融機関にお願いする場ではありません。自社の数字を、自分の言葉で、報告する場です。
用意するのはA4用紙2〜3枚。過去の業績推移と、これからの資金繰りの見通しです。
それだけで、金融機関の電話が「心配の電話」から「前向きな電話」に変わります。来月までに、メインバンクに電話を1本入れてみてください。「業績のご報告をしたい」。その一言が、金融機関との関係を変える最初の一歩になります。
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