旅館の事業縮小判断で怖いのは、赤字部門を閉じることそのものではありません。「閉じたら何が消えて、何が残るか」を見ないまま、直感だけで撤退を決めてしまうことです。売上は確実に消えます。しかし、人件費、リース料、共通固定費はすぐには消えないことがあります。
━━ この記事の著者 ━━
島田慶資(しまだ けいすけ)|ハンズバリュー株式会社 代表取締役。東北6県の温泉旅館を中心に、経営改善・事業再生のコンサルティングを10年以上実施。支援案件は延べ1万件超、補助金等の累計調達支援額は500億円。認定経営革新等支援機関。東日本大震災、令和元年台風、福島県沖地震などの復旧・再建局面でも、事業者の生活と事業継続を守る支援に取り組む。事業再構築補助金・中小企業成長加速化補助金の採択支援実績あり。
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この記事の結論
赤字部門を閉じる前には、「その部門の売上」「その部門の変動費」「その部門だけにかかる固定費」「会社全体の共通固定費」を分けて確認します。限界利益がプラスなら、その部門は会社全体の固定費を支えている可能性があります。撤退の判断は、通常の損益計算書だけでなく、変動損益計算書で再計算してから行うべきです。
「この事業、やめたほうがいいんじゃないか」
東北地方のある温泉旅館で、社長がテーブルの上に計算用紙を広げて言いました。
送迎バスね、やめたほうがいいんじゃないかと思っているんですよ。売上10万円ぐらいに対して、経費が3万か4万かかっている。燃料費も人件費も上がっている。割に合わない気がするんです。
客室20室ほど、従業員15名の旅館です。地元の老人クラブや企業の団体客を、マイクロバスで送迎して宴会プランを提供していました。
社長の計算は、感覚としては間違っていません。1回の送迎にかかる燃料費、運転手の人件費、バスの維持費を足せば、売上の30%から40%が費用として消えます。「赤字ではないが、割に合わない」という見立てには、現場の実感があります。
しかし私は、その場ですぐに「やめましょう」とは言いませんでした。代わりに、ひとつだけ質問しました。
社長、送迎をやめたら、その団体客の売上はどうなりますか。そして、運転手の人件費とバスの契約は本当に消えますか。
「赤字だから切る」という判断が危ない理由
事業縮小の相談で多いのは、次のような考え方です。
この部門は赤字だ。だから閉じれば、その赤字が消えて、会社全体の利益が改善するはずだ。
直感的には正しく聞こえます。けれども、ここには重大な見落としがあります。
部門を閉じると、その部門の売上は確実に消えます。一方で、その部門にかかっていた費用のすべてが消えるとは限りません。
費用は、大きく2つに分けて考えます。
消えやすい費用
その部門の変動費
その部門を動かしているから発生する費用です。送迎バスなら燃料費、宴会なら食材原価や消耗品が該当します。
残りやすい費用
その部門だけにかかる固定費・共通固定費
運転手が正社員なら人件費はすぐ消えません。バスのリース料、保険料、会社全体の管理費も残る場合があります。
つまり、撤退で本当に見るべきなのは「部門別の赤字額」ではありません。「撤退後に会社全体の利益が増えるか、減るか」です。
まず事業の前提を1枚に分ける
この旅館では、送迎付き宴会プランの数字を次のように整理しました。ここで大事なのは、売上も費用も「会社全体」ではなく「その部門」の数字として扱うことです。
| 項目 | 月額 | 見方 |
|---|---|---|
| その部門の売上 | 100万円 | 団体客の宴会売上。送迎をやめると失う可能性が高い売上です。 |
| その部門の変動費 | 40万円 | 燃料費、食材原価、消耗品など。部門を止めれば減りやすい費用です。 |
| その部門だけにかかる固定費 | 50万円 | 運転手人件費、バス維持費など。配置転換や契約終了まで残ります。 |
| 会社全体の共通固定費の配賦 | 20万円 | 本社管理費や光熱費の配分。部門を閉じても会社全体からは消えません。 |
この前提を置かずに「赤字か黒字か」だけを見ると、判断を誤ります。特に旅館業では、客室、宴会、送迎、売店、日帰り入浴などが同じ人員・同じ建物・同じ設備を使っているため、共通固定費の扱いが難しくなります。
変動損益計算書で「消える利益」を見る
この場面で使うのが、変動損益計算書です。難しく聞こえますが、最初の計算はシンプルです。
その部門の売上100万円 – その部門の変動費40万円 = その部門の限界利益60万円
限界利益とは、その部門が会社全体の固定費を支えるために残している利益です。さらに、その部門だけにかかる固定費を引くと、貢献利益が見えます。
| 計算段階 | 計算式 | 結果 | 判断 |
|---|---|---|---|
| その部門の限界利益 | その部門の売上100万円 – その部門の変動費40万円 | 60万円 | 固定費を支える力があります。 |
| その部門の貢献利益 | その部門の限界利益60万円 – その部門だけにかかる固定費50万円 | 10万円 | 部門としては会社に貢献しています。 |
| 通常の部門利益 | その部門の貢献利益10万円 – 共通固定費配賦20万円 | ▲10万円 | ここだけ見ると赤字に見えます。 |
通常の損益計算書では、この部門は月10万円の赤字に見えます。しかし、変動損益計算書では、その部門の限界利益が月60万円あり、その部門の貢献利益も月10万円残っています。
つまり、この送迎付き宴会部門は、会社全体の共通固定費を支える側にいます。「赤字だから閉じる」と決めるには、まだ早い状態でした。
閉じた後に何が起きるかを再計算する
では、送迎付き宴会部門を閉じたら何が起きるのでしょうか。撤退後の数字を、消えるものと残るものに分けます。
撤退で消えるもの
その部門の売上100万円と変動費40万円
差し引きで、その部門の限界利益60万円も消えます。
撤退後も残るもの
人件費・契約費・共通固定費
配置転換や契約終了の準備がなければ、固定費はすぐには減りません。
閉じる前は、その部門の限界利益60万円が会社全体の固定費を支えていました。閉じた後は、その60万円が消えます。共通固定費は残ります。
結果として、赤字部門を閉じたはずなのに、会社全体の利益が月60万円悪化する可能性があります。年間では720万円です。
社長は表を見ながら、しばらく黙っていました。そして、ぽつりと言いました。
割に合わないと思っていたけれど、やめたらもっと割に合わないのか。
赤字部門の撤退判断を、数字で確認できていますか。
ハンズバリュー株式会社では、温泉旅館・宿泊施設の変動損益計算書、資金繰り、事業縮小判断を実務に沿って支援しています。撤退、縮小、条件変更のどれが妥当かを、現場の数字から一緒に確認します。
では、いつ事業をやめるべきなのか
赤字部門をすべて残すべき、という話ではありません。やめるべき状態はあります。判断基準は次の3つです。
| 状態 | 計算 | 判断 |
|---|---|---|
| その部門の限界利益がプラス | その部門の売上 > その部門の変動費 | すぐにやめない。条件変更や固定費削減を先に検討します。 |
| その部門の限界利益がゼロ近辺 | その部門の売上 = その部門の変動費 | 固定費削減の見込み、代替売上、撤退期限を決めて判断します。 |
| その部門の限界利益がマイナス | その部門の売上 < その部門の変動費 | やればやるほど資金が減ります。撤退や価格改定を急ぎます。 |
限界利益がマイナスの状態は、売れば売るほどお金が出ていく状態です。これは続ける理由がありません。反対に、限界利益がプラスである限り、その部門は会社全体を支えている可能性があります。
この旅館で選んだのは「撤退」ではなく「条件変更」
この旅館では、送迎付き宴会部門をすぐに閉じるのではなく、条件変更で限界利益を守る方向にしました。実施したのは、次の3つです。
変更 1
送迎範囲を30分圏内に絞る
片道1時間以上の遠方対応をやめ、燃料費と運転時間を下げました。
変更 2
最低人数と最低利用額を決める
少人数で送迎だけ重い案件を受けないようにし、部門の限界利益を守りました。
変更 3
空いた時間を客室業務へ回す
運転手を固定で遊ばせず、清掃・設備点検・館内対応へ振り替えました。
撤退は最後の手段です。限界利益が残っている部門なら、まず価格、提供条件、対象顧客、運営方法を見直す価値があります。
金融機関へ説明するなら、資金繰りとセットで見せる
事業縮小は、金融機関にとっても関心の高いテーマです。なぜなら、縮小後に本当に資金繰りが改善するのか、返済原資が残るのかを確認したいからです。
そのため、撤退や条件変更を説明するときは、変動損益計算書だけでなく、資金運用表と合わせて説明することをおすすめします。複数の金融機関へ一括で説明する場をつくるなら、バンクミーティングの準備も有効です。
「赤字部門を切ります」ではなく、「この部門は限界利益が残るため条件変更で継続します。一方で、この費用は何月までに削減します」と説明できれば、金融機関の受け止め方は変わります。
まとめ
旅館の事業縮小判断では、通常の損益計算書だけを見てはいけません。部門を閉じると、その部門の売上は消えます。しかし、固定費や共通費は残ることがあります。
確認すべきこと
- その部門の売上はいくらか
- その部門の変動費はいくらか
- その部門の限界利益はいくらか
- その部門だけにかかる固定費は本当に消えるか
- 会社全体の共通固定費はどこに残るか
- 撤退ではなく条件変更で改善できないか
赤字部門を閉じることは、勇気ある決断に見えます。しかし、数字の見方を間違えると、撤退そのものが会社の資金繰りを悪化させます。閉じる前に、消える利益と残る費用を必ず分けてください。
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