旅館の資金繰り改善は、売上を増やす前に「3ヶ月先の現金」を見えるようにするところから始まります。月末に現金がいくら残るのかを早めに把握できれば、銀行への相談も、慌てた交渉ではなく落ち着いた情報共有に変わります。
━━ この記事の著者 ━━
島田慶資(しまだ けいすけ)|ハンズバリュー株式会社 代表取締役。東北6県の温泉旅館を中心に、経営改善・事業再生のコンサルティングを10年以上実施。支援案件は延べ1万件超、補助金等の累計調達支援額は500億円。認定経営革新等支援機関。東日本大震災、令和元年台風、福島県沖地震などの復旧・再建局面でも、事業者の生活と事業継続を守る支援に取り組む。事業再構築補助金・中小企業成長加速化補助金の採択支援実績あり。
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この記事の結論
資金繰りの不安は、売上の増減だけを見ていても解消しません。入金、支払い、借入返済、設備費を月単位で並べ、3ヶ月先の月末現金残高を確認することで、金融機関へ早めに説明できる状態を作れます。
「銀行から毎月電話が来る」という状態
東北地方のある温泉旅館で、資金繰り改善の相談を受けたときのことです。
客室20〜30室規模、年商は1〜3億円。地元では老舗として知られている旅館でした。応接室に通されて、開口一番、社長がこう言いました。
銀行からね、毎月電話が来るんですよ。「最近どうですか?」って。あれが来ると、胃がキリキリする。
聞けば、1月から4月まで業績が連続で前年割れしていました。大雪によるキャンセル、社長自身の体調不良による休業、物価高による地元客の減少。原因はひとつではなく、複数の要因が重なっていました。
「使えるお金が、みんな減っているんですかね」
社長はそう呟いて、お茶を飲みました。私はそのとき、ひとつだけ確認しました。
「社長、月末に現金がいくら残るか、毎月把握されていますか?」
返ってきた答えは、「だいたいの感覚では」というものでした。
売上が上がっても、現金が減る構造
ここで、多くの経営者が陥る罠があります。「売上を上げれば、資金繰りは楽になる」という思い込みです。
直感的にはそう感じます。売上が増えれば、入ってくるお金も増えるはずだ、と。しかし温泉旅館のビジネスモデルには、この直感が通用しにくい構造があります。
構造 1
固定費が高い
人件費、光熱費、設備の保守費用など、お客様が来なくても毎月出ていくお金があります。
構造 2
入金が遅れる
予約サイト経由の売上は、実際に現金が振り込まれるまで1〜2ヶ月かかることがあります。
構造 3
支払いは待ってくれない
仕入、人件費、借入返済、設備費は、売上の入金を待たずに月末へ集中します。
つまり、売上が上がっている月でも、現金が足りなくなることがあります。逆に、売上が少ない月でも、前月の入金があれば乗り切れることもあります。
「今月の売上」と「今月の現金」は、別のものです。
この区別がついていないと、「なんとなく苦しい」という感覚だけが残り、具体的な手の打ちようがなくなります。
旅館の資金繰り改善に使う表——3ヶ月先の現金を可視化する
私がこの旅館の社長にお渡ししたのは、A4用紙1枚の表でした。資金運用表、一般的には資金繰り表とも呼ばれる、お金の出入りを月単位でまとめた表です。
構造はシンプルです。難しい会計用語よりも、毎月の入金、支払い、最後に残る現金を同じ表で見ることを優先します。
| 項目 | 確認する内容 | 旅館での例 |
|---|---|---|
| その月の収入合計 | その月に実際に入ってくる現金 | 宿泊売上の入金、補助金の入金、新規借入 |
| その月の支出合計 | その月に実際に出ていく現金 | 人件費、仕入、光熱費、借入返済、設備費 |
| その月の収支差額 | 収入合計から支出合計を差し引いた金額 | 収入合計 – 支出合計 |
| 月末時点の現金残高 | 月末に手元へ残る現金の見込み | 前月末の現金残高 + その月の収支差額 |
※ 借入の返済は「支出合計」に、新規借入の調達は「収入合計」に含めます。
これを向こう3ヶ月分、毎月更新します。この表が手元にあると、「3ヶ月後の9月に設備の保守点検費用80万円と借入返済が重なる。このままだと月末の現金残高が50万円を切る」という事実が、苦しくなる前に見えるようになります。
「なんとなく苦しい」が、「9月の第3週が危ない」に変わる。
この違いは、経営者の行動を根本から変えます。
この表がなかったら、何が起きるか
資金運用表を作らなかった場合のことを、想像してみてください。
先ほどの「9月に設備費80万円と借入返済が重なる」ケースでは、表がなければ請求書が届いた時点で初めて危機に気づきます。そこから銀行に相談しても、「1ヶ月前の申し込みでは対応が難しい」と言われるケースは珍しくありません。
銀行から「最近どうですか?」と電話が来ます。そのとき、社長が答えられるのは「ちょっと厳しいです」だけです。
銀行の担当者は、それでは上に報告できません。「どの程度厳しいのか」「いつまで厳しいのか」「どう対処するつもりなのか」。この3つが数字で説明できなければ、追加融資も返済条件の変更も、稟議が通りません。
結果として、本当に資金が底をついてから、慌てて銀行に駆け込むことになります。そのときに言えるのは「もうお金がありません。なんとかしてください」だけです。
これでは、銀行は助けたくても助けられません。
金融機関との関係がうまくいっている旅館は、危なくなる前に、数字で相談しています。
危なくなってから相談するのは「交渉」です。危なくなる前に相談するのは「情報共有」です。銀行は交渉相手ではなく、情報共有の相手にしたほうが、結果的にうまくいきます。
毎月15日に、15分だけ
この旅館の社長には、ひとつだけお願いしました。
毎月15日に、15分だけ時間をください。一緒に資金運用表を更新しましょう。
やることは3つです。
- 先月の実績を記入する。実際にいくら入って、いくら出たかを、通帳と請求書から転記します。
- 翌3ヶ月の予定を更新する。確定している支払いと、予約状況から見込める入金を書き込みます。
- 月末の現金残高が100万円を下回る月がないか確認する。あれば、そこが手を打つべきタイミングです。
3ヶ月続けたとき、社長が言いました。
島田さん、これ、やる前は面倒くさいと思ってたんです。でもやってみたら、むしろ気が楽になった。怖いのは数字じゃなくて、数字が見えないことだった。
バンクミーティングで「この社長は違う」と思わせる
資金運用表がもうひとつ力を発揮するのは、金融機関との面談、いわゆるバンクミーティングの場です。
私がお勧めしているのは、年に1〜2回、取引のある金融機関を集めて業績と見通しを共有する場を持つことです。このとき、資金運用表を1枚配るだけで、場の空気が変わります。
「来期の売上見込みは○○万円です」だけでは、銀行は「で、返済は大丈夫なのか」と考えます。
「資金運用表をご覧ください。9月に設備費と返済が重なりますが、7〜8月の宿泊売上入金でカバーできる見込みです。万が一、稼働率が計画の8割にとどまった場合は、10月の月末残高がこの水準まで下がります」
こう説明できる社長を、銀行は信頼します。なぜなら、自社の資金繰りを時間軸で把握している経営者は、決して多くないからです。
数字を見せる目的は、銀行を説得することだけではありません。経営者自身が、次に何をいつ打つべきかを判断するためでもあります。
まとめ
資金繰りの不安を解消する方法は、売上を上げることだけではありません。
まずは「いつ、いくら、なぜ出ていくか」を、3ヶ月先まで見えるようにすることです。
そのための道具が、資金運用表です。3ヶ月先の現金が見えている経営者は、金融機関との関係が変わります。相談のタイミングが早くなり、説明が具体的になり、銀行側も支援の判断をしやすくなります。
最初から完璧な表を作る必要はありません。毎月15日に15分だけ、通帳、請求書、予約状況を見ながら、次の3ヶ月を更新する。旅館の資金繰り改善は、その小さな習慣から始められます。
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